牧師の辿った軌跡

~教会生活・幼少期編~

母は先に述べたようにスパルタに付け加え、いわゆる「ホーリネス」という教会のグループに属し、
聖さを追求するのを得意としていた。
スパルタ&ホーリネスがコラボすると史上最強である。
そんなわたくしめは、小学低学年まで、スーツ&ネクタイを着せられ、
正月には袴を着せられた。股がスースーして泣きそうだった。
そのトラウマがあるから(笑い)、今でもスーツやネクタイは嫌いである。
それから、ホーリネス的 我が家のルールを挙げるならば、
日曜日にテレビを見ちゃダメ。キン肉マン(当時日曜放映)は見れなかった。
日曜日に買い物をしちゃダメ。洗濯をしちゃダメ。
祭りは近寄ってもダメ。
酒はダメ。たばこもダメ。それをする人もダメ。(笑い)
今思えば、律法時代に生きていたんだと貴重な日々を振り返る。
特に、何が子供の頃、苦痛だったかと言えば、少年野球に入れなかったことである。
各地域に野球チームが存在し、男子の80%近くは所属していた。
オレの地域のチームは「一番村パンダース」。
名前は弱そうだが、けっこう強かった。友達もみんなやっていたが、
練習日が、土日である。もちろん、ダメ!
日曜の朝9時にチャリンコで、教会に行くわけだ。
その時、必ず野球の練習をしている友達にでくわすわけだ。
「おまえ、そんな格好(スーツ)で、どこ行くんだよ?」
「いや・・・ちょっとそこまで・・・」
「そこって、どこよ?」
「いや・・・あのちょっと先の木と木が重なり合ったような建物のとこまで・・・」
「それ十字架だろ?教会って言うんだよ!」
「知ってるわい!」
あんまり教会に行ってるのを知られたくなかった隠れキリシタンのオレは、
あえて遠回りを選んで、友達にかちあわないように、そっと教会へ通った。
教会に行ってることをからかうヤツは、素直にいじめた。
毎週の教会はイヤだったが、楽しみがあった。
それは、毎年恒例の「サマーバイブルキャンプ in 毛呂山」である。
その時のメッセージだけは、心に響いたし、笑えたし、感動した。
いつもバシっと決めたリーゼントの前川 衛(まもる)牧師、会いたいとです。
オレが牧師になろうと最初に思ったきっかけは、まさしく前川牧師の姿である。
おもしろいし、かっこいいし、人に影響を与え、人生を変える。
「ぜってーぜってーぜってーこんな牧師になるべ!」と子供心に誓った。
小学校卒業アルバムには「将来なりたい職業」の欄で、

  1. 刑事(ニセ警察手帳を作って、親友のトモと、悪いヤツらをしょっぴいた(謎)。
  2. プロゴルファー(アニメ「猿」の影響。今の時代は「虎」だが。)
  3. オリンピック選手(ちょうどロス五輪で日本人選手が活躍した。)
  4. 牧師

子供の頃の夢が実現したというわけである。
続く・・・
(クレームは母以外受け付けません。)