牧師の辿った軌跡
~音楽の遍歴~
音楽に関しては、4歳からピアノを8年間、習った。
はじめたきっかけは、自分でもよく覚えていないのだが、「ピアノを買って~買って~」と泣いて、せがんだらしい。
何度も後悔したし、ホントにオレはそんなこと言ったんだろうかと、母を疑った。
毎日30分の練習時間を課せられた。それがなんと、オレにとってゴールデンタイムの6:30~7:00の間だった。
つまり、ドラえもんが6:45~7:00まで放映されていたのである。
よくピアノを習ってる子が泣きながら練習すると聞くが、オレの場合ドラちゃんが見れなくて泣いたもんだ。
ピアノレッスンと学校の音楽教育(人前で歌わせる)で、完璧確実に音楽が嫌いになった。
初めてレコードを買ってもらったのが、幼稚園の頃で「ウルトラマンレオ」。
100回以上繰り返し聞くもんで、周りの大人たちには、うざがられた。
「レオ!レオ!レオ!燃えろ~レオ!燃えろよ~!」今でもそらで歌える。
それから、よくマッチ(近藤真彦)やジュリ(沢田研二)など流れてくるラジオを聞いて口ずさんでいたもんだ。
中1で初めて、自分のお金で買ったレコードが、TEARS FOR FEARSの「SHOUT」(当時EP 700円)。
「夜のヒットスタジオ」で流れているのを聞いて、自分の中で衝撃が走り、次の日レコード屋に走った。
それからというもの、本格的に音楽に目覚め、レンタルレコード「YOU&I」に通い続けた。
ハワードジョーンズ、ホール&オーツ、a~ha、マドンナなどポップス系を好んで聞いた。
カセットテープの質は、TDKを参照にすると、AE<AD<AD-X<AR-AR-X<METALというランクで、
オレは音質にこだわりながらも、月々の予算の都合上、AD-Xで妥協した。(ど~でもい~いですよ~♪byだいだひかる)
高1の時、友達に誘われてバンドを始める。通った学校では「フォークソング部」が、軽音も兼ねていた。
バンドの担当は、VOCALであった。きっとビジュアルとボイスが良かったのだろう?(きっと…たぶん…まさか?)
フォークソング部というだけに、バンドをする前に、ギターを弾けなくてはならない。
ずらっと並んだ先輩たちを前に、ギター試験がある。それをクリアしないと、バンド活動はできないのだ。
だから初めてギターを始めたのも16歳の時であった。
最初の課題曲は、中島みゆきの「悪女」。Bm(ハイコード)は苦労した。
でも、辛い思いをしてピアノをやっていた俺だからこそ、ギターってのはなんて簡単な楽器なんだと思った。
2時間そこそこで、G⇒Em⇒C⇒D&Bmの悪女を弾けた。
「ギター教室やってますよ~!」
バンド活動は、年に4回くらいのライブ(主にBOOWYのコピー)である。
「CASE OF BOOWY1~4」のビデオを見て、氷室を研究したものだ。
が、しかし!
BOOWYが解散し、流行ったのが「X」であった。Xのコピーをしようってなことで、
もちろん高声域のないオレは、TOSHIができるわけもなく、PATAをすることになった。
いわゆるサブギターである。
でもそこから飛躍的にギターが上手くなっていった。
ライブは年に4回くらいで、川越の「チコ」、新所沢の「ペギーデイズ」というちっちゃなライブハウスでよく催した。
ベースのBob 退院おめでと~!
続く・・・