牧師コラム 2008.03.23

「それでも信じる」

国内の学校には、いろんな校則がある。
スタンダードなところでは、
「喫茶店に行ってはいけない」
「髪型は、おかっぱか、みつあみ」
変わったところでは、
「カバンにキーホ一つ」
「まゆげをいじってはいけない」
これは秋田県の校則だが、「登下校中に変な人などにあったら最後の手段に噛みつく」というのもある。
まあ地域・時代によっても多種多様であるが、

明治時代、女子学院というミッション・スクールの最初の校長矢島楫子は、なんと校則を廃止した。
さらに、試験の時は、教師が教室で監視するのをやめさせた。
 その理由は、生徒たちは聖書持っている。だから,校則などなくても、自分で善悪を判断できるはず、ということである。
でも、多くの先生たちは、
「理想論だ」「罪を犯すチャンスを与えてしまう」「人間は弱い者。」と否定的な意見が圧倒的だった。
しかし、ミセス・ツルーという宣教師がこう言った。
「人目があれば悪いことをしない,そんな人間になることを恐れる。誰が見ていようといまいと,
神の前に生きていく訓練をするために,今の提案はたいへんすばらしい。…私は,神と生徒を信頼している。」

 それ以来,女子学院は,教師のいない教室で試験を続けてきた。
生徒たちは,自分たちが信頼されていることへの喜びと,その喜びの上に立った自覚によって,
人を恐れるよりは神を恐れる聖書の精神を身につけることができた。
カンニングに関するトラブルは,一度も起きてはいないそうだ。
(三浦綾子『われ弱ければ―矢島楫子伝―』抜粋)

人は、信頼されると、それに答えたくなるもの。この封建的な明治時代に,ここまで生徒を信じて,大胆に掟の世界を壊していってことに、感動を覚える。

ルールで縛ったり、罰で脅かしたりするのではなく、全く別の方法で,人を正しく導くことができた。
なぜそんなことができたのか。
それは,二千年前にさかのぼって,もっと厳しいユダヤ教の掟の世界で,人々をその鎖から自由にしながら,しかも罪から離れる道を示したイエス・キリストを,二人とも知っていたからだ。

 有名な愛の賛歌の一節に
「すべてを我慢し、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。」とある。

「愛」をイエスと置き換えて読むことができると言われるが、
ならば、イエスはこれから失敗することを知っているペテロを信じ、またクリスチャンを迫害していたパウロに期待し、間違いだらけの私たちを忍耐していたということになる。
 キリストの愛を知る私たちは、裏切られそうでも、嘘だとわかっていたとしても、忍耐の限りを尽くし、相手を信じることをしていきたいものだ。そして、そこに本当に人を変える力が秘めているのだと思う。

 私たちが神を信じるより先に、神が私たちを信頼してくださる。だから他者に対してだけでなく、可能性の低い自分を、失敗を繰り返す自分自身を、信じていきたい。

「たとい信仰をなくしたかと思えるほど、私たちが弱くなっても、キリストは真実を貫き、私たちを助けてくださいます。私たちは主の一部分になっているので、切り捨てられることはないのです。そして、主はいつも約束を果たしてくださいます。」(2テモテ 2:13 リビングバイブル訳)