牧師メッセージ 2010.01.31

Mission Possible

2010.1.31 Praise Night  エレミヤ(Jeremiah) 1:1-8


(この日は、録音がなかったので、NONくんがメッセージの要約をまとめてくれたので、一部修正して、掲載します。)


<要旨>
「He is Jeremiah」とはアメリカでは「悲観者」という意味がある。
エレミアは祖国の滅亡を救うため、預言者として40年間働く。しかし、結局滅亡。

エレミヤはイスラエル国民にエルサレムの町や民を守るため、降伏を進言する。しかし、ユダヤの民は降伏を認めることを嫌うため、この意見は受け入れられない。当時、預言者の地位は高かく、偽預言者もはびこった。神からの本物の預言者であるなら、100%の正答率、また真意を突くことを求められた。
しかし、神の意思をそのまま伝えると(降伏しないと救われない)、人々には受け入れられない。それにより、エレミヤは絶えず孤独との戦いであった。

そんな中、エレミヤは自分の存在が生まれる前から神に選ばれ、決定されていると共に、絶えず神が傍にいてくれていることを知る。
これは私たち一人ひとりにも当てはまる。私たちの代わりはいないし、生まれる前から私たちは選ばれ、その存在は確かなものである。年齢に関わらず、私たちには何かしらの使命・役割もあるし、それに従って生きている。私たちには自分を傷つける権利も無く、それは神に属するものである。
生まれる前から預言する能力を持って生まれたエレミヤは、それと同時に備えられている能力に気づかなくてはならなかった。それはエレミヤだけでなく、私たち一人ひとりにもいえることである。
自分が自分自身の能力をいくら決め付け、制限したとしても、神の計画にある未来の自分の姿とは異なる。そこにはimpossibleは存在せず、すべてはpossibleである。個人がどんなに痛みや複雑な環境に置かれていたとしても、生まれる前から私たちは能力を持って生まれ、それを活かす人生を送ることが出来る。
それは私たちの創造を超えた世界であるからであるからこそ、すぐには信じ難いことなのかもしれない。しかし、それは事実である。神の目的に沿って創られた私たちに、社会的価値観を当てはめる必要はない。それに捉われる必要もない。今大切なのは、私たちが存在することは偶然ではなく、必然であるということ。また、私たち一人ひとりに使命があり、それに気付けるようアンテナを張ることが重要ではないだろうか。

Messenger: 後藤哲哉牧師 Writer: NON太